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ニュージーランドはヤヴァイ国 [在留邦人批判]

このブログの方向性は、開設当初から変わっている。本当の意味で「ニュージーランド大嫌い」になってしまった。

在留邦人は「ニュージーランド大好き」で在留を続けているわけだから、私がニュージーランド批判を繰り返せば、怒り狂うことは目に見えてわかる。見える形でも見えない形でも私への批判が続くことも理解できる。それは、私が現地に在住したことで裏づけている。行ったことがない場所、生活したことのない場所の地域感情は理解できないのである。

1998年10月にニュージーランドを離れてから、私はほぼニュージーランドと接点がなかった。
当時から良くしてもらっていた現地の数人の知人(友人ではない)を除くと、誰とも接点がない。ニュージーランドにもクライストチャーチにも関心がなかった。もうあそこでの暮らしに辟易していたので、何の関心も抱くことはできなかった。

時折届く知人(友人ではない)からの手紙には返信し、誕生日プレゼントも送り、クリスマスカードも書いた。しかし、内容が薄く、自分の近況すら詳細に書くことはなかった。当たり障りない雑談でやり過ごした。私はそのくらい「ニュージーランド大嫌い」になっていた。

2008年9月にfacebookアカウントを開設。オンライン上には当時の知り合いがウジャウジャいた。顔と名前が一致する人だけで、おおよそ200名。
当時の日本人留学生で現地に残っている人は、私が確認できた限り、わずか1人しかいなかった。
この人は結婚しているのかしていないのか不明でも子供がいた。17歳からの10年とは、それだけの時間なのだ。

東洋系の女性は、語学力がなくても現地で結婚できてしまう。言葉が通じなくても子供はできる。現地には、失礼ながら、モテない男性がたくさんいるので、ちょっとやさしく声を掛けられるだけでへコへコついて行ってしまう女性が多い。特に若い女性は「交際相手がいない」「自分を守ってくれる男性がいない」ことに劣等感を感じる。そこへ優しく声をかけてくれる男性が現れると、本命が現れる間だけでもこの人にいてもらいたいと考える。ここで問題が起きるわけだ。大学新入生向けガイドブックではこのことを指摘するも、読む人はいない。若くて生殖能力ある女性はすぐに「合体」し子供ができる。正式な結婚をしない内縁関係でも滞在許可を延長し社会保障が受けられる国なので最低限の生活は送れる。ニュージーランドを出ていく理由がないのだ。
この仕組みをどう見るか、それは個人の判断に分かれる。地元感情がわかる私からすると「ニュージーランド人がやるなら理解されるも、外国人がやると批判を受ける」となる。誰とでも「合体」しちゃう在留邦人がそんな地元感情を理解できるわけない。

在留邦人の6割は年間所得が2万ドル以下。ニュージーランド人の平均所得は4万4,800ドルなので、半分以下である。この収入では1人でも生活が難しい。当然、生活面を頼る人を求める。英語を話せない邦人男性を養ってくれる女性はいるのだろうか。現地男性と日本人女性のカップルが多い一番の理由は、経済的に自立できない女性の収入にある。愛だ、恋だ、なんて関係ない。女性が求めるものはお金であり、男性は性の対象として女性を見る。

在留邦人の平均年齢は29.4歳。男性は19.8歳、女性は33.2歳。男女間で10歳以上の開きがある特殊な例である。
中国人は男性が30.2歳、女性が32.5歳、韓国人は男性が28.5歳、女性が33.4歳、中国系マレーシア人は男性が29歳、女性が32.9歳と、10歳以上の開きが見られる人種グループは在留邦人のみである。
どの人種グループも女性の平均年齢は高く、在住歴が長い傾向が見られる。外国人男性は異国の地で暮らしにくい事情があるのだ。その主たる理由は「収入」にある。

私がブロックした人物は、東京の有名私立校を中退し、クライストチャーチにやってきた稀な人物だった。偏差値は高いのに、とてつもなく下手な英語を話す人だった。日本人留学生が例外なく間違える冠詞の使い方、名詞の複数形、動名詞の使い方はほぼ理解できていなかった。日本で通用した暗記教育も現地校では通じず、いつも怒って(いかって)いるか、泣いていた。怒っていた(おこっていた)のではない。怒っていた(いかっていた)。凄まじい怒り(いかり)。怒り(いかり)の塊だった。日本の進学校でとれた良い点数が取れない不満を、日本人という接点しかない私にぶつけてきた。だからいつも怖くて逃げた。だって私、その日本人の留学生、知らないし。でも見つかると追いかけてきてニュージーランドの悪口をいうので怖かった。いつしか「あの子、いないかな」って、校内を見回す癖がついた。

その日本人留学生が10年以上もニュージーランドに留まっていることに驚いた。

あと数日で卒業を迎えるというとき「大学はどうするの?」と聞くと「あんたに関係ないじゃん」と言われた。本人は覚えていないと思うけれど、シカと言われた。だから20年以上が経った現在も私が覚えているわけだ。確かに私には何の関係ないことである。相手が無職になろうが医学部へ進学しようが関係ない。それは他の現地生にも聞いた一般的な日常会話で、あー、この人には最後まで日本語が通じないのかと、悲しくなったことを覚えている。現地生の大部分は地元のカンタベリー大学、または医療系・理化学系学科へ進学する生徒はオタゴ大学、裕福な香港・台湾系留学生はイギリスの大学への進学が規定路線であり、私が進路を聞いたことは相手の心情を逆なでる行為ではない。
その日本人留学生は慶應義塾大学か日本の医大への進学を希望していたようだけれど、たぶん、入試に失敗したので、ニュージーランドの大学へ進学したようだ(←ここについては詳細不明)。偏差値の高い東京の有名私立校へ入学しただけあり、プライドだけは高く、学歴コンプの塊で被害妄想と逆恨みが激しい、まさにイーストウィンドの田中のような人物なので、私が慶應義塾へ入学したことを知れば殺されると思い、すぐにブロックした。正確な判断に思う。ニュージーランドでは常に身を守る姿勢が必要なのだ。気を抜くと殺られてしまう。
現地校では点数が取れず泣いてばかりなので、理科の課題レポートは模範解答を見せてあげた。宿題も教えてあげた。教科書の読み方も、提出ノートの書き方もおしえた。教員との会話が通じないので間を取り持ったこともある。それでも最後は「あんたに関係ないじゃん」で終わり。
この日本人留学生がニュージーランドに来た理由がわかった。規範意識も一般常識もない。言葉遣いも態度も悪い。人へ対する礼儀もない。何もないのだ。このような人物を東京の私立校が面倒を見るわけない。在校生としても卒業生としても扱いたくない。存在して欲しくない人物、私立校にとっては不名誉な生徒なのだ。つまり、この生徒は退学処分になりニュージーランドへやってきたのだ。まさに、島流し。
ニュージーランドには日本の学校を退学(クビ)になったり、中退者、不登校、引きこもりが多くいる理由は、個人の怠慢なのである。それを「(日本の学校は)個性を認めてくれない」「(ニュージーランドのように)自由ではない」を叫んでいるだけで、ニュージーランドの学校でも規範意識や一般常識、言葉遣い、私立校は髪形から服装、個人の私生活に至るまで細かく注意を受ける。従わずに退学になる現地生もいる(私の学校にもいた)。ニュージーランドは個性を認めるわけでも、自由に過ごせる国でもない。学校教育の大部分を公費で賄うニュージーランドで「個性だ」「自由だ」を認めたら、学校は無法地帯となり、公費負担は上限しらずで高騰し、学校運営なんてできない。日本人はニュージーランドに夢を見過ぎている。
色々な留学生がいれば「そういう人もいる」と言われることがある。私はそう思わない。「そういう人もいる」ではなく「そういう人しかいない」のだ。
今も昔も在留邦人って、面倒臭いのしかいない。あの国にいる人は、人間の質が低い。人間の質が低いので、いつまで経っても、おなじようなタイプの人間しか残らない。

2011年2月のクライストチャーチ地震のときも無関心だった。クライストチャーチ中心部は観光地化しているため、古い建物が多く残っている。人間は古い物が好きなので「売り」のないクライストチャーチは古いものを売りにしたのだ。
古いだけの建物で、構造的にも意匠的にも建築価値のない、本当に古い建物しか残っていない。
しかし、地権者が古い建物の取り壊しを決定すると地元反対派がやってきて「やめろ! やめろ!」の大合唱が始まる。そのような光景を多々見てきたので、あそこで地震が起き、スクエアが壊滅的状態になったと聞けば「あー、そーだろーな」って思った。映像を見るまでもなくすぐにわかる。石とレンガを積み上げただけの簡素な建物が多く、モルタルも経年劣化で強度を失い、お豆腐のような弱い地盤に建つ100年以上前の古い建物となれば、あっさり崩れる。石造建築は木造建築のように粘りがなく地震に弱い。地震のないヨーロッパの建築工法を地震大国のニュージーランドに移植したので、地震でやられることはすぐにわかる。
他方、住宅地の被害は限定的だとすぐにわかった。土地が広く平屋建ての建物しかないので被害は限定的と推測した。当時は空港に近い地盤の硬い高級住宅地に住んでいたので(空港は地震の影響を受けにくい地盤の硬い土地に作られる)、ここは無傷だろうと判断した。事実、市内西側はほぼ無傷で、市内中心部や東側の悲惨な状況とは異なり、翌日からは不動産取引まで開始されていたのである。そのため、当地に住む知人へは時間を置いてから連絡を入れた(相手に迷惑になるため電話もかけていない)。後日戻ってきた返信には、家の壁に亀裂が入っただけで他は無傷とあった。予想通りだ。
パーカー市長(当時)の案内でウィリアム王子が現地視察をした際、新規に建てられたアートギャラリーを訪問する映像を見た。そこでパーカー市長が「ここは安全だから」と発言をしていた。鉄とガラスとコンクリートでできた建物が安全なのである。
そう、クライストチャーチ地震は人災なのである。一瞬にして600棟以上の古い建物が倒壊した地震は人災である。100年以上前の古く建築的な価値のない建物なので、当然、アスベストが使用され市内全域に飛散した。今後40年以上をかけて、このアスベストが肺ガンを引き起こす。ニュージーランドは大らかな国なので、詳細な調査はせず「喘息」で片づけられると思われる(ニュージーランドの喘息患者数は人口比で世界第2位)。古い町並みを残しつつ新しく建替えを進めていたらここまで被害は広がらずに済んだのである。これは人が招いた災害である。

クライストチャーチ地震で日本人留学生が多く被災した。この留学生の中には重症で入院した人も多く、その取材のため日本から多くのテレビ関係者が現地入りした。そのスクープ映像を撮ろうと、病院内部へ無許可で侵入した在留邦人がいる。この在留邦人はニュージーランド警察に逮捕され氏名が公表された。私の記憶にある人物名であり悲しくなった。在留邦人は犯罪を犯しているのだ。

クライストチャーチ地震以降、現地在留邦人の書き込み記述に触れる機会が増えた。まぁ、よくぞここまで嘘とデタラメが書けると驚愕した。それは、イーストウィンドの田中であり、日刊ニュージーランドライフの長田雅史であり、ニュージーランド移住留学デスクの寺西尚樹である。他にも氏名のわからない在留邦人による「裏工作」は多々見られる。「あー、私のニュージーランド時代と、何も変わっていない・・・・」と、また悲しくなった。ニュージーランドに住める日本人って、このタイプしかいないんだなって。平気で嘘がつける、嘘をつくことに何とも感じない、人を騙す、嘘をついて人を騙しカネを巻き上げる人しか住めないんだなって。

在留邦人は勉強ができない。勉強ができないので語学力もない。学歴も職歴も中途半端な人しかいない。それなのに、プライドだけは高い。
語学力がないから、自分のわかる言葉だけをパズルのように組み合わせ、妄想話を作り出す。本来の話と異なる、まったく別の話を作り上げる。この世に存在しない話をでっち上げる。田中も長田も寺西も、やっていることは妄想話であり、でっち上げなのである。でもバカだからそれが正しいと思い込んでいる。非常に偏りある危険な思想である。私が在留邦人を「偏見で満たされた差別論者」という理由がわかるだろう。ここまでくると在留邦人は人格障害者としか表現できなくなる。普通の精神の持ち主は、ここまででっち上げ話なんか作れない。

人から聞いた話を自分の体験談のごとく語る人が多い。これは圧倒的に邦人女性に多い。「夫の話では」「彼氏から聞いた話では」「職場の人が言うには」と、自己体験に基づく話はひとつもなく、情報源も根拠も存在しない作り話である。人から聞いた話が間違っていたら、嘘だったらどうなるのか、おバカだから理解できない。お花畑に住んでいる平和な人たちって思う。

ニュージーランドは早くから早期教育に取り組む一方、専門職につけないと中々生活の目途が立たない。国内の需要だけでは食っていけず、海外から仕事をもらわないと食っていけない。専門職に就くため早期教育を導入しているのだ。
とりわけ外国人移民として住む人には、より高度な技術と資格、学歴が求められる。在留邦人は「学歴より手に職」「やる気と元気と行動力」しか言わない。無駄な精神論しか主張しない。そんなもの、ニュージーランドにはいらない。ニュージーランドで必要とされるものは学歴であり、資格であり、お金なのだ。「手に職」をつけたいなら、日本で職業訓練校にでも通えばいい。そこで木工職人にでもなればいい。ニュージーランドに来る必要なんてない。でも、アイツらはバカだから、それがわからない。日本語が通じない、これが在留邦人の正体。在留邦人と接したことのある人は「何でこの人には日本語が通じないんだろう」って感じたことのある人は多くいるはず。そう、在留邦人には日本語は通じない。でも、英語も通じない。何も通じない。

そこで振り返ってみる。「私が在留邦人の書き込みを見ていなかったら、私はニュージーランド嫌いになっていなかったのか?と」

私はニュージーランド時代からニュージーランド批判をしていた。生活は不便、何でも雑、おいしい物はない、お店は17時で閉まる。現地の人はいい加減というか「雑(ザツ)」なので、雑だから何でもいい加減なのだ。ごく当たり前な標準的なこともできない。おなじことを頼んでも現地の人はできないのに、ヨーロッパや北米から来た外国人はできる。そのことは当時住んでいた家の人にも言ったことがあるし、在学していた学校の先生にも言った。どの人も私の意見に納得してくれた。
他方、同じことを在留邦人に言うと「これがニュージーランドのやり方だから」と、諦めより、認める発言が多く、その「雑」を歓迎する向きが多く驚いた。即ち「自分も雑な人間なので、このくらい雑な環境の方が合う」という解釈だ。これにも驚いた。ここは私が住む場所じゃないなって思った。その判断は今でも正しいと思っている

ニュージーランドは他民族国家と言わるが、それほど多くの外国人は住んでいない。外国人比率でいえば東京の方が圧倒的に他民族地域で180か国から集まる都民の5%、50万人が外国籍である。新宿区民の4人に1人は外国籍。ニュージーランドの4人に1人は外国籍ではない。
ニュージーランドは、若干、難民を受け入れている(750名程度)。アフリカから難民も受け入れているのでソマリアから来たイスラム教徒もいた。しかし、アフリカ人は例外なく差別を受けていたので、ニュージーランドが優しい国という認識もない。私も目の前で酷いリンチを見たことがあるけれど「止めろ」という声は聞こえなかった。むしろ、現地の人の一般的な感情は「黒人はいらない」に固定されていた。これは、個人間の話になると出てくる話題であり、公の場で発言されることは決してない。公の場で公式に発言したのが、ニュージーランド・ファースト党のウィンストン・ピータースである。現在のニュージーランド首相代行。
ニュージーランドって、中身をちゃんと見られ人からすると、ちょっと、いや、かなり、ヤヴァイ国なのである。そのヤヴァイ国の正体がわからず盲目的に絶賛する、それが在留邦人である。どこかの国のオウム真理教の信者とよく似た構造なのである。
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